小田原かまぼこの歴史
小田原かまぼこの起源は、城主大久保忠信時代の天明年間であろうと言い伝えられています。その他、桃山時代や北条早雲時代を起源とする説もあり、明確にはされていません。
その当時は、小田原地方の沿岸漁業が急に盛んになり、漁獲量が増加したため、余った魚の処理方法として西日本で作られていたかまぼこを参考にして、小田原でも作りはじめたと考えられています。
当初は他地方の蒲鉾と同じように、棒に魚肉を巻き付け、外面を火で焼いたものでしたが、その後改良がくわえられ、長方形の小板に魚肉を盛り付けて蒸す、現在の板付けかまぼこが作られるようになり、江戸時代後期にはほぼ完成されました。
小田原は東海道五十三次の宿場で、かつ城下町であり、天下の嶮、箱根八里越えの玄関口として栄えましたが、当時は交通不便のため箱根への鮮魚の供給が困難で、保存性の良いかまぼこが湯治客や旅人の食膳に供されました。
また、参勤交代の大名たちにも名産品として賞味してもらっていたため、より良い物を供しようと技術の向上、鍛練に励み、品質が向上していきました。

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